明治40年5月24日(土)

南阿工夫の同盟罷業 南阿ランド地方に於ける43カ所の鉱山の白人労働者が同盟罷業を起こした。

漁業紛議後報 要は蓋平事件を協定し、進んで日本人大倉と清人の合資で行う本渓湖炭坑の開掘許可を取り消す事にあると言える。

南阿工夫の同盟罷業 23日上海経由ロイター社発

南阿ランド地方に於ける43カ所の鉱山の白人労働者が同盟罷業を起こした。理事者は之を補充する為ボーア土人を募集中である。

解説:ボーア人とはイギリスより先に入植していたオランダ系白人の子孫

漁業紛議後報 23日北京特派員発

趙(ちょう)将軍は大連漁業組合の暴状と日本官兼の無策について外務部に対し、日本総領事は組合員に退去を命じたと言うがその事実は無い電報した。

今回の事件に比較すれば蓋平事件は取るに足らない事件であり、要は蓋平事件を協定し、進んで日本人大倉と清人の合資で行う本渓湖炭坑の開掘許可を取り消す事にあると言える。外務部は直ちに林公使に通知し、日本政府が大連漁業組合へ保護船引揚を命令する様尽力を要請した。そして日本政府は只今東京から本件に関する命令を受けたと言われている。

解説:5月16日の記事に蓋平事件が書かれている。要は漁業権について日本と清国の争いである。大連漁業組合の保護船とは、清国漁民と契約し、有料で海賊から清国の漁船を保護するための船であった。