明治39年8月5日(月)

露国叛乱後報 砲手は、意外にも忠誠を固守して大砲を引き渡さず、将校を殺害した軍夫7名は、軍法会議に付され、直ちに銃殺された。

波斯内政現状 ペルシャの改革等は、民選議員の設立、司法制度の革新及び関税行政の改正を要求した。

露国叛乱後報 3日上海経由ロイター社発

クロンシュタットの叛乱兵は、4百の工兵及び軍夫と2千5百の水兵で構成されている。工兵は、まず将校を殺害して、その後コンスタンチノプル保塁に押し寄せ、将校を虜にして、砲兵を脅かしたが、砲手は、意外にも忠誠を固守して大砲を引き渡さず、又官憲の側では十分信頼するに足る大軍の援助を準備していた為、叛乱兵の抗争は全く絶望的となった。将校を殺害した軍夫7名は、軍法会議に付され、直ちに銃殺された。

叛乱の原因は、全く政治的であった。

波斯内政現状 3日ベルリン特約通信社発

テヘラン来電―ペルシャの改革等は、着々と運動の歩を進めつつある。彼らは、英国の同情を後ろ盾に、民選議員の設立、司法制度の革新及び関税行政の改正を要求した。しかしテヘランの市中は、極めて平穏であった。