明治39年7月23日(火)

運河公債発行 スエズ運河の公債3千万ドルが発行された。

佛国要求後報 佛国公使は、またもや外務部に対して、大沽(たいこ)に於いて若干の土地及び天津の租界外に400畝の土地を要求した。

運河公債発行 21日ワシントン特約通信員発

スエズ運河の公債3千万ドルが発行された。打歩約4分で、応募額は、既に募集額を大幅に超過し、巨額になっている。

解説:打歩(いちぶ)公債とは、応募金額が額面金額取り高い公債である。

佛国要求後報 22日上海特派員発

北京来電―佛国公使は、またもや外務部に対して、大沽(たいこ)に於いて若干の土地及び天津の租界外に400畝の土地を要求した。又博文書院の近くにある薬王廟を該書院の敷地に充てたいと求めてきたが、外務部は、団匪(だんひ)事変後に締結された議定書の趣旨に反するとしてこれを拒絶した。

解説:400畝は、約4万㎡である。 団匪(だんひ)事変とは義和団事件のことである(義和団は団匪とも言われた)