明治39年6月27日(木)

自由党大得意 自由党員は、マンチェスターに於いて、総選挙の大勝利を祝賀して示威運動を催し、参加者は、3万人であった。

威海衛還付説打消 内外新聞の伝えている威海衛還付説は、完全に無根であり、

自由党大得意 29日上海経由ロイター社発

自由党員は、マンチェスターに於いて、総選挙の大勝利を祝賀して示威運動を催し、参加者は、3万人であった。地方政務院総裁ジョン、バアンス氏は、政府の措置、特に植民地に対する措置が宜しきを得たのは驚くばかりであると演説した。商務院総裁ロイド、ジョージ氏は、民主政治は今や試験中であり、その成功は、党員が一致するかどうかに掛かっていると述べ、植民次官チャーチル氏は、馬鹿者か、反対党は論外としても、何人といえども政府が、成立後数カ月の間に、ここまで良い成績を受けるであろうとは予期しなかったと述べた。

解説:8年後に起こる第1次世界大戦時の英国首相はロイド、ジョージであり、海軍大臣は、チャーチルであった。

威海衛還付説打消 26日上海特派員発

威海衛駐在官の認可を受けたとして、一人の英人が、当地発行のデイリー、ニュースに投稿し、内外新聞の伝えている威海衛還付説は、完全に無根であり、威海衛駐在の英国民政官が先頃、済南府に赴いたのも、威海衛の還付や鉄道問題の協議の為ではなく、単に答礼として、揚巡撫(ようじゅんぶ)を訪問したに過ぎないと主張した。

解説:巡撫は、清の官職名であり、省の長官とされ、総督とほぼ同格であり、皇帝に直属した。