明治39年5月4日(土)

51 51日は、欧州の各地を通じて、幸いにも特別な騒動が発生しなかった。

露国政変別法 露国首相ウイッテ伯は、辞表を皇帝に提出した。

雲南鉄道 英国は清国と合同して敷設することを要求したが、

51 2日ベルリン特約通信社発

51日は、欧州の各地を通じて、幸いにも特別な騒動が発生しなかった。独逸に於いては、極めて静穏にこの日を送り、又露国に於いても、何らの暴動も起こらなかったがパリーに於いては、騒動の結果、捕縛された者が非常に多かった。

露国政変別法(半藤派の再挙) 同上

内相ダルノフが、強烈な反動政策を採った結果、露国首相ウイッテ伯は、辞表を皇帝に提出した。皇帝は未だ許否を決定されていない。

ヴォルガ州のサマラ及びサラトウに於いて、農民の間に暴動が発生した。

雲南鉄道 3日香港特派員発

ビルマから雲南に至る鉄道に対して、英国は清国と合同して敷設することを要求したが、雲南省の紳商は、利権の保全の為に自国資金での敷設を商務部に電報した。