明治39年4月28日(日)

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支那人疎外 在留支那人には救助手当を与えなかった為、清国人が非常な不満を訴えていた

パリーの警戒 パリーに於いては、51日ゼネストが行われるとの予想で

支那人疎外(大統領の是正) 26日ニューヨーク特派員発

サンフランシコ来電―在留支那人には救助手当を与えなかった為、清国人が非常な不満を訴えていたが、この時早くも大統領ルーズベルト氏の知るところとなった。その為26日サンフランシスコ市で取り扱い始めた救助の手続きを、赤十字に移すことになった。今回の場合、人種の差別があってはならず、とかく偏狭なサンフランシスコ人の処置は、実に卑劣の極みであると非難する人も居る。

パリーの警戒 27日上海経由ロンドンロイター社発

パリーに於いては、51日ゼネストが行われるとの予想で、大規模な軍隊の警備態勢が取られつつあり、パリ―市中は未曾有の光景を呈している。