明治39年2月5日(月)

露清談判のその後 外務部官吏の情報によれば、3日前に露国公使から清国の提案に対する回答、及び反対の提案を通知して来た。

露清談判のその後 4日北京特派員発

外務部官吏の情報によれば、3日前に露国公使から清国の提案に対する回答、及び反対の提案を通知して来た。その後両国委員は露国公使館に於いて、2回の会見を重ねたが、露国委員は清国の提案に対して、悉く異議を唱え、又は条件を付して承諾の意を表し、又別に新たな要求を行ったと言われている。かの東清鉄道を延長する案の如くは、その主なものと信じられている。