明治39年2月4日(日)

パリ―の騒動 パリ―の騒動は、サン・ブロチルド寺院での騒動となり、無数の群衆が激しく警鐘を鳴らし、寺院を守り

パリ―の騒動(政教分離の余波)3日ワシントン特約通信員発

パリ―の騒動は、サン・ブロチルド寺院での騒動となり、無数の群衆が激しく警鐘を鳴らし、寺院を守り、一旦近衛兵を撃退したが、遂に近衛兵は戸を破って侵入した。それより町々に於いて群衆と格闘した為に多数の死傷者が発生した。