明治39年1月25日(木)

赤日曜 露国革命党の記念日の一周年記念日は露国の各地を通じて平穏であった。

モロッコ会議 モロッコに兵器を輸入し、或いは密輸入する問題は、列国委員の意見が一致する事になった。

赤日曜 24日上海経由ロンドンルータス社発

露国革命党の記念日である昨年1月の第4日曜日、即ち赤日曜(22)の一周年記念日は、露国の各地を通じて平穏であった。

(備考)神父ガボンが露国の労働者を引き連れて、冬宮に押し寄せたのは、昨年の122日であり、実に露国に於ける革命運動の発端とも言うべき記念日である。

解説:1905年1月22日は、「血の日曜日」とも、又後に第1次ロシア革命といわれるようになった。昨年の第一報は次のように報道されていた。

「露都の暴動鎮圧 23日ベルリン特約通信社発

ピータースブルグにおけるデモ隊の活動は軍隊の力で鎮圧された。軍隊はデモ隊の群れに向かって数回一斉射撃を行い、多数の死者が発生したがその中に職工等の指導者であった僧侶「ガボン」がいた。」

モロッコ会議 23日ベルリン特約通信社発

モロッコに兵器を輸入し、或いは密輸入する問題は、面倒な議論の末にようやく列国委員の意見が一致する事になった。