乃木大将の復命書 斯くの如き忠勇の将卒を以て旅順の攻城には半歳の長日月を要し、多大の犠牲を供し
乃木大将の復命書 (抜粋)
斯くの如き忠勇の将卒を以て旅順の攻城には半歳の長日月を要し、多大の犠牲を供し、奉天付近の会戦には○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○又敵騎大集団の我が左側背に行動するに当り、これを撃破するの好機を獲ざりしは、臣が終生の遺憾にして恐愕措く能はざる所なり
今や閥下(けっか)凱旋し戦況を伏奏するの寵遇(ちょうぐう)を荷い恭しく部下将卒と共に、天恩の優渥なるを拝し顧みて戦死病没者にこの光景を分かつ能はざる所なり
解説:乃木大将は、「旅順の攻城に半年の長年月を要して多くの犠牲を出したこと、奉天会戦で敵をのがしたこと、さらにミシチェンコ騎兵集団を撃滅できなかったこと」の3点を奏上し、「臣が終生の遺憾にして恐愕措く能ざるところなり」と深く明治天皇にお詫び申し上げ、人目もはばからず号泣した。そして明治天皇は、この様に勝者の奢りを微塵も見せない乃木希典を愛し、学習院院長とし迪宮(後の昭和天皇)の教育を託した。