明治38年12月23日(土)

協約調印 日清協約は、予定どおり本日午前11時調印が済んだ。

バルト沿岸一小戦 バルチック沿岸のツツクムにて、激しい戦闘となり、数百名の死傷者が発生した。

英国の軍艦派遣 英国の軍艦二隻がキールに到着した。

露国変乱の大勢 露国の地方議会及び中等社会は次々と社会党に降伏しつつある。

協約調印 22日北京特派員発

日清協約は、予定どおり本日午前11時調印が済んだ。袁世凱は明日、帰清する予定である。

バルト沿岸一小戦 22日上海経由ロンドン特約通信員発

バルチック沿岸の露国リナニア州リガ市の西40里にあるツツクムにて、近頃小部隊の兵が行動を止められたので、更に他の一隊をリガから派遣したところ、たちまち叛徒と衝突して、激しい戦闘となり、数百名の死傷者が発生した。その大部分は叛徒及び農民であるが、農民隊は尚その後も同地に潜伏している様である。

英国の軍艦派遣 22日上海経由ロンドンルータス社発

露国在住の英国臣民を保護するため、露国の港へ航行の途中である英国の軍艦二隻がキールに到着した。

露国変乱の大勢 21日ベルリン特約通信社発

露国の地方議会及び中等社会は次々と社会党に降伏しつつある。

そして社会党は今や公然と露国の破産を目的として運動している。