明治38年12月4日(月)

クウデターか 親衛隊の将校若干名がツアルスコエ、セロに於いて捕縛された。

形勢益々急 親衛隊の将校が徒党を組んで、反逆を企てた形跡があるが、しかし大公であってこれに関与した者がいたかどうかは断言できない。

クウデターか 3日上海経由ロンドンルータス社発

親衛隊の将校若干名がツアルスコエ、セロに於いて捕縛された。

露国政府がこの際、果断な政策を断行するのではないかとの予想はますますその度を強めている。

形勢益々急 同上

親衛隊の将校が徒党を組んで、反逆を企てた形跡があるが、しかし大公であってこれに関与した者がいたかどうかは断言できない。

政府部内の者も重大な事件が発生した事は承諾している。

ツアルスコエ、セロ及びペテルスブルグの宮殿はコサック兵で充満している。

今や全国のコサック兵は、悉く動員令を受けているようである。