明治38年8月10日(木曜日)

ポーツマス談判場 日露媾和談判地として両国全権が会合する家屋は、米国海軍鎮守府内の将校集会所である

ポーツマス談判場 716日ポーツマス特派員発

既電の様に平和談判地は北米合衆国ニューハンプシャー州ポーツマスに決定した旨去る十日国務省秘書官ピーアス氏の名で発表された。同地は大西洋に面し、夏期は避暑地として知られた所である。日露媾和談判地として両国全権が会合する家屋は、米国海軍鎮守府内の将校集会所であるが、この家屋は先日落成したばかりの最も新しい建物で、三階建てである。

両国全権は、毎日対岸のホテルより船にて談判場まで通う筈である。

談判場は全て政府の建物であり、平素でも番兵を配置しており、その筋の許可なくては出入する事が出来ず、両国委員が静かに国家の大事を協議するには最良の地と言う事が出来る。