明治38年7月22日(土曜日)

対米反抗運動 主要な商人が集合し、米国商人に対し取引を拒絶するとの決議を行った

ウイッテ決心 ウイッテは媾和談判が三週間以上にならない事を信じており

モスコー議会 警察はモスコーの地方議会に解散を命じたが、しかし議会は命令に反抗

対米反抗運動  21日上海特派員発

20日当地の商務総会、商学会が二か所で大会を開き、主要な紳士、商人が集合し、米国商人に対し取引を拒絶するとの決議を行った。

ウイッテ決心 20日ロンドン特約通信員発

タイムス新聞のモスコー通信員が確聞するところによれば、ウイッテは媾和談判が三週間以上にならない事を信じており、日本が若し露国が応諾する事が出来ない要求を提出する事があればウイッテは即刻本国に引き揚げるつもりである。

モスコー議会 21日上海経由ロンドン特約通信員発

警察はモスコーの地方議会に解散を命じたが、しかし議会は命令に反抗している。そして前内務大臣ブリギンが計画した国民議会創設の案であっても、尚不十分であるとして、できるだけ多くの特権を獲得したい希望を抱き、他の地方議会と連合する事に決定した。