明治38年7月15日(土曜日)

モリソン博士の談 清国の媾和会議への参加は、欧米の支那人留学生達が政府に建言したため

モリソン博士の談

ロンドンタイムスの支那特派員であり、支那モリソンの名があるモリソン博士は、媾和会議の様子を報道する為、ワシントンへ派遣される途中に我が長崎に到着し、陸路東京に向かい、昨日の午後到着した。

博士の横浜での講演によれば、清国が媾和会議に参加しようとしている事は、欧米に居る支那人留学生達が連なって、政府に建言したため大官達がこれに影響されて申出たもので、必ず成就するとは信じていないようである。清国政府は固く平和の成立を信じており、日本が小村大使派遣した事は、誠実に平和を希望する意思がある徴候であると見做している。

 

解説:モリソン博士は、当時の最高級の東洋研究家件ジャーナリストである。義和団事件の際には、ロンドンタイムズの北京特派員として篭城戦に参加し、英国義勇兵の支柱として活躍した事もある。