明治38年4月26日(水曜日)

クリート合併問題 列強は、同島をギリシャに合併する事には反対であると答えた

佛国の中立態度 運送船に、ただ航海に必要な量の石炭の積み込みを許した

捕虜の陰謀(金沢) 昨夜10時発覚して、歩兵2個中隊を派遣して事なきを得た

クリート合併問題 25日ロンドン特約通信員発

列強はクリート内閣に対して、同島をギリシャに合併する事には反対であると答えた。

ギリシャ政府もまた合併の申入れに対して、ギリシャ人が熱望している事であるが列強の考えに対抗するような決定はしてはならないと答えた。

解説:クリート島とは現在ギリシャ領となっているクレタ島であり、帰属を巡ってトルコとの間で紛争があり1913年ギリシャ領となった。次のホームページ「希土戦争」に詳しく書かれている。http://www3.kiwi-us.com/~ingle/topix-2/grecoturkowar1897.html

佛国の中立態度 24日上海経由ロンドンルーター社発

バルチック艦隊は日曜日の朝、悉くカムラン湾を抜錨した。

4隻の露国の運送船がサイゴンに入港しており、同知事はこの運送船に多量の石炭を積み込む事を禁止し、ただ航海に必要な量の積み込みを許した。

捕虜の陰謀(金沢)

当地出羽町にある収容所で捕虜の曹長1名と兵卒3名が首謀者となって下士官、兵約50名が団結して、収容所を焼き、衛兵の銃剣を奪い逃走する計画があったが昨夜10時発覚して、歩兵2個中隊を派遣して警戒した為事なきを得た。