明治38年3月23日(木曜日)

捕虜輸送(宇品) 捕虜1、360名を大津伏見へ輸送する

クロパトキン 満州第1軍司令官に任命された

奉天会戦と我が死傷者 我が損害は結局5万に達する事は無いと言われている

捕虜に関する新規定 将官と同相当官に対する給与の年額は金8百円

捕虜輸送(宇品)

捕虜1、360名を本日午後、大津伏見へ輸送する。

クロパトキン 21日ベルリン特約通信社発電

クロパトキンは満州第1軍司令官に任命された。

コメント:クロパトキンは満州軍司令官を解任された後、自ら希望して格下の第1軍司令官となった。

奉天会戦と我が死傷者

奉天会戦における我が損害の総数は未だに発表されていないが、12日までの総数は4万6千である。以後は残敵を駆逐する程度の他さしたる激戦が無かったため、今回の大戦の我が損害は結局5万に達する事は無いと言われている。

捕虜に関する新規定

捕虜民家居住規則により捕虜に対する給与の年額は次のとおり。

 将官 同相当官  金8百円

 佐官 同相当官  金6百円

 尉官 同相当官  金5百円

解説:現在の貨幣価値にすると、8百万円から5百万円を支給されていた事となる。当時海軍少尉の年俸は444円であったので、相当な厚遇といえる。