明治38年3月12日(日曜日)

露国農民蜂起 数千の農民が隊伍を組み財産を略奪し又は焼き捨てた

ハル事件落着 駐英露国大使は損害賠償金6万5千ポンドを英国外務大臣へ手渡した。 

大包囲 大勝利 大収穫 敵は全く隊形を乱して、疲労困憊の様子で続々と北方に退却する

露国農民蜂起 11日上海経由ロンドン特約通信員発

オレル、チェルニゴフ地方においては、数千の農民が隊伍を組み財産を略奪し又は焼き捨てたため露国政府は遂に強力な軍隊を派遣した。

ハル事件落着 11日上海経由ロンドンルーター社発

駐英露国大使ベンケンドルフ伯はハル漁船の砲撃事件の損害賠償金6万5千ポンドを英国外務大臣ランスダウン侯へ手渡した。

解説:本紙の2月1日、3月1日等に関連記事がある。

大包囲 大勝利 大収穫  3月10日夜大本営着電

諸報告によれば、敵は本日正午より鉄道線路と奉天街道の中間付近を、全く隊形を乱して、疲労困憊の様子で続々と北方に退却する。その数は幾万であるか確かめる事が出来ない。その付近に居る我が歩兵や砲兵は逐次この敵に銃砲火を集中し莫大な損害を与えつつ、日没となった。

解説:大山総司令官は、10日午後9時戦闘の終結を宣し、兵を治めた。ここに奉天大会戦は終了した。この戦闘に参加した日本軍の兵力は25万人で死傷者7万人に達した。一方ロシア側は32万人で死傷者は9万人であった。これらの数字は、それまでの戦争史上に例がなく、規模の点でも、戦史に新たな1ページを加えた。