明治38年3月10日(金曜日)

奉天城内 3月8日総追撃の命令の中で部隊の奉天城内に宿営することを厳禁する  

敵全軍の退却 我全軍の追撃、敵は今朝から退却を始めた

奉天城内 (軍隊宿営の厳禁)

大清国帝室発祥の地を尊重し並びに奉天に居住する支那人民の安寧を保持するために、満州軍総司令官大山巌は昨日3月8日総追撃の命令の中で、部隊の奉天城内に宿営することを厳禁する。 明治38年3月9日 大本営

敵全軍の退却 我全軍の追撃 38日夜大本営着電 満州軍総司令官

敵は今朝から退却を始め、我が各軍は猛烈に之を追撃中である。

解説:9日は昼頃から、満州特有の烈風が吹き荒れたが、各軍はいっせいに追撃に出て、夕方にはほぼ輝河の線に達した。この日第3軍(乃木大将)は、優勢な敵の抵抗を受けて、非常に苦戦した。特に奉天北方約7マイルの鉄道駅を攻撃した第1師団は、大逆襲を受け、一時危険な状態となった。退路を断たれまいとする露軍が必死の反撃に出たのである。