明治38年3月5日(日曜日)

露国動乱続報 資産家は家を挙げて避難の準備を始めている

英国海軍予算 1905年度の予算は3億3千万円であり昨年度に比べると少し減少している

英国海軍拡張 1905年度は戦闘艦1隻、装甲巡洋艦4隻等の建造に着手する予定である

独逸給炭船 9隻の独逸給炭船がバルチック艦隊を追ってポートサイドを出港した。

露国動乱続報 3日ロンドン特約通信員発

ピータースブルグの形勢は重大な危惧を惹起しつつある。職工等は今日(3日)正午までにその要求が入れられない場合には大々的な同盟罷工を起すと脅迫している。資産家は家を挙げて避難の準備を始めている。モスコー及びワルシャワに於いても動乱が起こり非常に不穏な情勢である。

英国海軍予算 4日上海経由ロンドンルーター社発

1905年度の英国海軍予算は3億3千万円であり、昨年度に比べると少し減少している。これは主として新艦建造費及び修繕費が少なくなった為である。又前年度の予算がチリー海軍の巡洋艦2隻を購入した為金額が増加している事も一つの原因である。

解説:チリーはアルゼンチンとの紛争に備え、イギリスで巡洋艦を建造していたが紛争が終わり不要となったため、その売却先を探していた。イギリスは、ロシア海軍が購入交渉を始めている事を知り、また日本は国会が閉会中で予算が付かない状態であったため急遽2隻とも購入した。この巡洋艦がここに報道されている巡洋艦である。その後日本はアルゼンチンがイタリアで建造した2隻の巡洋艦を購入した。それが「日進」と「春日」である。

英国海軍拡張 (同上)

1905年度は戦闘艦1隻、装甲巡洋艦4隻、航洋駆逐艦6隻、海防駆逐艦12隻、潜航艇11隻の建造に着手する予定である。

解説:この年に建造された戦艦が有名なフィッシャー提督の「ドレッドノート」型であり、次のホームページに詳しく解説されている。

「戦艦ドレッドノート」 http://ww1.m78.com/topix/dreadnought.html

独逸給炭船(同上)

9隻の独逸給炭船、2隻の軍需物資搭載船がバルチック艦隊を追ってポートサイドを出港した。