明治38年3月4日(土曜日)

労働者の強硬 政府が1月21日以来逮捕している3千人の労働者の即時釈放を要求した

佛国とインドシナ 佛国の拓殖務卿はインドシナは佛国の財産でなければならないと述べた

沙河全線の活動 清河城(せいかじょう)を占領した我が部隊は北方に進撃中である

労働者の強硬 3日上海経由ロンドンルーター社発

ピータースブルグの労働者は昨日(3月1日)200人の選挙人を選出した。この選挙人の職務は職工惨状審査会に出席する代表者を任命するためであったが、しかしこれらの選挙人は政府が1月21日以来逮捕している3千人の労働者を即時釈放し、身体住居の不可侵、言論出版の自由に関する諸々の要求をことごとく認めなければ断じてその職を行う事は出来ないと拒絶した。

佛国とインドシナ 2日ベルリン特約通信社発

佛国の拓殖務卿エチエンヌ氏は殖民事業関係者の大宴会で、インドシナは佛国の財産でなければならないと述べ、この殖民事業は決して他の妨害を許すわけにはいかないと公言した。

解説:当時ベトナム、カンボジャ、ラオスはフランスの支配下にあり仏領インドシナと呼ばれていた。

沙河全線の活動

清河城(せいかじょう)を占領した興京(こうきょう)方面の我が部隊は北方に進撃中であるが、その北の撫順(ぶじゅん)街道の救兵台(きゅうへいだい)並びにその東方の馬圏子(ばけんし)には、多くの大砲を有する1個師団以上の敵兵があり、その敵兵に向かって攻撃中と思われる。

解説:2月28日、鴨緑江軍が救兵台(きゅうへいだい)付近に進出し砲撃を始め、各軍もそれぞれ攻撃を開始し、日本軍の攻撃態勢は予定通り進行した。そこで3月1日全戦線にわたって、総攻撃が開始され、奉天の戦いが始まっている。