明治38年2月10日(金曜日)

開戦1周年 ロンドンに於いては露国の野心が完全に破砕されたという事で一致している

東郷大将と1周年(呉) 午後3時から旅順開戦1周年戦勝記念の祝賀会を開いた

敵帥和せず 「グリツペンベルグ」大将はピータースブルグへ帰る途中で現在イルクーツクに居る 

浦賀船渠会社の同盟罷業事件  終に職工2百30名が辞職願を提出した

開戦1周年 8日ロンドン特約通信員発

開戦1周年に際してロンドンに於ける各新聞の論評は皆露国の野心が完全に破砕されたという事で一致している。

東郷大将と1周年(呉)

東郷大将は今朝某艦に坐乗した。同艦は午後3時から旅順開戦1周年戦勝記念の祝賀会を開き、余興もあり極めて盛会であった。

解説:何故か艦名を伏せているが東郷大将が乗り組んでいたのは戦艦「三笠」であり、「三笠」は呉海軍工廠で修理されていた。

敵帥和せず 9日上海経由ロンドンルーター社発電

満州第2軍司令官「グリツペンベルグ」大将及びその幕僚はピータースブルグへ帰る途中で現在イルクーツクに居る。同大将はクロパトキン将軍を攻撃非難するためこれを窮地に置いて露都に帰ろうとしている。

解説:本紙の明治38年2月6日「敵帥辞任と獨紙」に「グリツペンベルグ」大将が辞任する経緯が書かれている。

浦賀船渠(ウラガドック)会社の同盟罷業事件

浦賀船渠(ウラガドック)は350有余名の工員がいるが、戦局の進捗と共に非常に忙しくなり、会社は新たに50余名の職工を募集する事となった。彼等は緊急にしかも臨時に雇入れるため、技量の如何を問わず従来の職工より3割から5割以上の給料を与えた。そのため従来の職工の不平となり日給30銭以上、伍長以下に対しては15銭の昇給を要求し、会社側がこれを受け入れなかった為終に職工230名が辞職願を提出した。山口所長は目下早崎源吾氏とともに協議中であり間もなく解決し一同も復帰すると思われる。

解説:本紙明治38年2月9日「同盟罷工(横須賀)」の続きで早崎源吾氏はイギリスで建造された戦艦「三笠が」が日本に回航される時の艦長であった。