明治38年1月29日(日曜日)

騒乱一時冷静 露国の強行方針が効果を上げ首都は平穏となった

英国大使の抗議 政府の告示に「日英両国がストやデモを起させた」と書かれている事に抗議した

大学教授の決起 1月22日の虐殺に抗議して、教授の職責を拒絶する由の決議書を提出した

騒乱一時冷静  27日ロンドン特約通信員発

露国の強行方針が効果を上げ首都は平穏となった。地方に於ける闘争は未だに収まっていないが革命的運動は一応頓挫している。もっとも革命党の首領は将来さらに一層大々的な活動を計画しているといわれている。

英国大使の抗議 (同上)

駐露英国大使ハーディンチ卿はモスコー及びオデッサに於ける政府の告示の中で、「日英両国が戦争を妨害する目的で、莫大な金額を費やし、露国国民を扇動して大規模なストやデモを起させた」と書かれている事に抗議を申し込んだ。

大学教授の決起 28日上海経由ロンドンルーター社発

セントピータースブルグにある土木工学、機械工学及び採鉱学に関係する大学教授の諸学会は、1月22日の虐殺に抗議して、彼らが今後大学に於ける教授の職責を拒絶する由の決議書をその所轄官署に対して提出した。