明治37年12月30日(金曜日)

露都非戦論者の宣言 露国が憲法を持たない限り平和の回復は覚束ないと宣言し大喝采を博した

二龍山の占領 咽喉部の残敵を撃破し午後7時30分全砲台を占領した

二龍山占領と我が被害 我が軍の死傷者は1千に近いと言われている

露都非戦論者の宣言 29日上海経由ロンドンルーター社発

ピータースブルグのウロフホテルに於いて、戦争反対の意思を明らかにするため千余人の宴会があった。この日は1825年の革命記念日であるため、特にこの日に開催したようである。宴会の席上数名が演説をしたが皆露国が憲法を持たない限り平和の回復は覚束ないと宣言し大喝采を博した。

二龍山の占領 12月28日大本営着電 旅順攻囲軍報告

軍の左中央隊は28日午前10時二龍山砲台正面の胸壁を大爆破し、突撃を実施してその胸壁を占領した。さらに重砲及び野戦砲の援護の下で鋭意占領工事を行い、午後4時更に内部重砲線に突撃し、更に進んで咽喉部の残敵を撃破し午後7時30分全砲台を占領した。

二龍山占領と我が被害

一昨日28日の二龍山攻撃は主として某兵団がこれを担当し、平佐少将以下勇猛機敏な行動で確実に占領した。我が軍の死傷者は1千に近いと言われている。

解説:某兵団とは第9師団(金沢)である。日本軍は突撃陣地から坑道を掘り進み、保塁胸壁を爆破する戦法をとり、12月18日には第11師団(善通寺)が東鶏冠山北保塁を31日には第1師団(東京)が松樹山保塁をとり、旅順を守る三大保塁の全てを占領した。