明治37年12月29日(木曜日)

露帝の改革詔勅 国民が変化を望むものに対しては法律を変えることも必要である

奉天避難民の惨状 多数の避難民は野宿せざるを得ず寒気と飢餓のため倒れ惨状を極めている

東郷大将(呉) 東郷司令長官は3時35分当港に入港した。

露帝の改革詔勅 28日上海経由ロンドンルーター社発

露帝は詔勅を発して、ロシア帝国の根本となっている法律は決してみだりに変えるべきではないが国民が変化を望むものに対しては法律を変えることも必要である。朕は国務大臣に命じて諸種の行政改革を行うべき方法及びこれを行う事が出来るか調査させ出来る限り速やかに朕に報告させる事とした。

奉天避難民の惨状 28日営口特派員発電

奉天避難民は既に5万人以上に達しており、増祺(ぞうき)将軍は避難民を北部満州各地に移住、開墾に従事させる事とし、数千名の移住民を200余両の馬車に分乗させ出発させた。しかし多数の避難民は野宿せざるを得ず老人、子供、婦人は寒気と飢餓のため倒れ惨状を極めている。

東郷大将(呉)

東郷司令長官は3時35分当港に入港し、柴山長官は幕僚を従え訪問し、上村長官は3時57分呉駅に着き直ちに大将を訪問した。そして3将軍はそろって7時より水交社の晩餐会に出席した。両長官は明日午前5時40分発で上京する筈である。

解説:東郷司令長官は28日呉に入港し、旗艦三笠は呉海軍工廠で修理を開始した。東郷司令長官は本日29日早朝呉発、30日に新橋駅に着き、尾崎行雄東京市長の歓迎を受けている。なお水交社とは海軍の将校クラブである。