明治37年12月25日(日曜日)

いわゆる漁師の供述書 署名したのは「アラス」と称する水夫長1人であった

旅順封鎖の一部分撤去 旅順艦隊の主力は事実上、全く滅亡してしまった

露都の憲法請願 地位ある市民6千人が署名を行い、憲法の制定を要望する建白書を作成

モスコー学生の運動 本国に自由を導くため講義をボイコットするとの決議を大学総長に提出した

いわゆる漁師の供述書 24日上海経由ロンドンルーター社発

露国領事の言によれば、ハル漁師の内供述書に宣誓し署名したのは「アラス」と称する水夫長1人であって、当時領事は同人が酩酊していたとは思わなかったそうである。又他の漁師は供述をしたが署名をする事を恐れて行わなかった。しかるに先の水夫長に聞いてみたところ、彼は露国領事館に連れて行かれた当時は全く酩酊していたと白状した。

解説:12月24日の記事「ハル事件買収」の続報 

旅順封鎖の一部分撤去 東郷連合艦隊司令長官報告 12月22日午後3時10分着電

武勇絶倫である攻囲軍の猛烈不撓(もうれつふとう)な攻撃で旅順口の死命を制すべき203高地が我が軍の物となったため、港内の敵艦隊に対して攻城重砲の発射がますますその威力を増して、「ポルタワー」「レトウイザン」はたちまち沈没し、「ポベーダ」「ペレスウエート」「パルラダ」「バーヤン」は相次いで撃沈され、「セバストポリ」のみ港外に逃れ停泊していたが、我が水雷艇の攻撃により全く戦闘や航海をする能力を失ってしまった。

旅順艦隊の主力は事実上、全く滅亡してしまった。このため連合艦隊は去る5月1日以来強行してきた封鎖配備中、不必要な一部を徹すると同時にますます監視を密にし敵艦艇に対する警戒を厳とする。

解説:連合艦隊はこの後内地に帰還し整備、補給を行い2月再び鎮海湾に集合し猛訓練を行う。

露都の憲法請願 24日ベルリン特約通信社発

セントピータスブルグからの報道によれば、同市の地位ある市民6千人が署名を行い、憲法の制定を要望する建白書を作成し露帝に奏上した。

モスコー学生の運動 24日ロンドン特約通信員発

モスコー大学の学生はギリシャ正教のクリスマスまでに民主的な組織を作り、圧制が行われている本国に自由を導く為且つ又去る18日、19日両日の示威運動で学生に加えられた様な残虐を今後は行わない様に運動努力する為に、講堂における講義をボイコットするとの決議を大学総長に提出した。