明治37年12月19日(月曜日)

タイムス批評 日本軍の多くの犠牲は、敵艦隊の撃滅を行う為には決して高価な代償ではなかった 

沙河戦線の敵状 敵は新民屯に通ずる各要地に見張りを立て厳重に旅客の身辺を取り調べている

主戦7博士の1人 主戦7博士の1人戸水寛人氏は開戦以前にはモスコー侵略論を唱えた

タイムス批評 17日ロンドン特約通信員発電

ロンドンタイムスの軍事評論家の意見では、日本軍における多くの犠牲は、旅順攻撃の真の目的である敵艦隊の撃滅を行う為には決して高価な代償ではなかった。今や更に多くの代価を払って強襲を行う必要性は全く消滅した。既にその必要が無くなった多くの砲台は遅かれ早かれ必ず陥落するであろう。

沙河戦線の敵状 17日営口特派員発電

敵は奉天及び鉄嶺各地より新民屯に通ずる各要地に見張りを立て厳重に旅客の身辺を取り調べ、日本円や軍票を持っているものは間諜として殺戮を加えているため北地の旅行は現在最も困難である。

主戦7博士の1

主戦7博士の1人戸水寛人氏は開戦以前にはモスコー侵略論を唱え、開戦以降はその主張は縮小してバイカル湖以東進出説を鼓吹し、近頃は又しきりに満州経営を研究中である。 ある人は、この割合で戸水の主張が縮小しると満州より韓国となり韓国より国内退却主義となり更に妙な事になると笑っていた。

解説:主戦7博士とは、対露強硬論を主張した東京帝国大学法科大学の富井、金井、寺尾、中村、高橋、小野、戸水の各氏であり、彼等が建議して桂首相、小村外相に「ロシア討つべし」との主戦論をぶち、その行動は当時博士の権威が高かっただけに世論に大きな影響を与えた。特に戸水寛人はローマー法の教授として碩学の名が高かった。