明治37年12月8日(木曜日)

敵艦撃沈 数日来続行した敵艦の砲撃によりポルタワは右に傾き上甲板を残して水没している

二龍山の偵察 2個の大型爆薬を二龍山の某所にセットし点火したところ、大爆発をする

第3艦隊 戦艦7隻巡洋艦4隻、水雷艇40隻が目下極東派遣の準備中である

敵艦撃沈 12月7日 大本営 旅順攻囲軍の報告

赤坂山の敵兵は203高地を占領した我が軍の攻撃に耐え切れず6日その陣地を撤退して、我が兵は午前1時その全部を占領した。

数日来続行した敵艦の砲撃によりポルタワは右に傾き上甲板を残して水没している。トウイザンは艦体が左に傾き、バーヤンは座礁しているように見える。

6日午後4時頃、敵の軍使が来て約5時間の休戦を行い、お互いに死体を収容するよう申入れてきた。我が軍はこれを承諾した。

解説:12月5日から始まった攻撃でやっと203高地を占領することが出来た。翌朝隣接する老虎溝山などからもロシア軍はぞくぞくと本要塞内に引き上げ、日本軍は無血でこれらの陣地を占領する事が出来た。11月26日から12月6日までの203高地攻略戦で日本軍は6万4千人の戦闘員を投入し、内戦死5,052名、戦傷1万1,884名、計1万6、939人の損害を出した。爾霊山(203高地)を落とすと日本軍は直ちに観測所を設けた。そして6日午後2時から港内の軍艦に23センチの巨弾を放った。

二龍山の偵察

去る日の午前10時12分、2個の大型爆薬を二龍山の某所にセットし点火したところ、大爆発をするとともに、得がたい大成功を収めた。ペトンの構造物は内側に倒れ見事に破壊されて、この本防禦線に向かって容易に登攀できる道が開け、6人の勇士に偵察を命じた。

第3艦隊 6日ベルリン特約通信社発電

セントピータスブルグよりの報道によれば戦艦7隻巡洋艦4隻、水雷艇40隻からなる第3バルチック艦隊は目下極東派遣の準備中である。