明治37年12月2日(金曜日)

英国給炭問題 戦時禁制品に関する法規を変更すれば両交戦国に対して大きな影響与える

豪州移民法の改正案 日本人の連邦への入国を許す移民制限法の改正案 

旅順公報 午後8時203高地全部を完全に占領した

英国給炭問題 30日ロンドン特約通信員発

例の英国の給炭問題に関してタイムスは、英国の給炭で日本もまた露国と同じ利益を受けており、ここでもし戦時禁制品に関する法規を変更すれば両交戦国に対して大きな影響を与える事となるであろうと述べている。

豪州移民法の改正案 1日上海経由ロンドンルータス社発

豪州連邦代議院議員ズルーススミス氏は日本人が戦いに臨んで列国国民に恥じない事、日本政府が信教の自由を許している事並びに日本が英国の尊敬すべき同盟国となった事を理由として、日本人の連邦への入国を許す為に移民制限法の改正案を来る8日に同院に提出する予定である。

旅順公報 12月1日第本営

攻囲軍は11月30日払暁より砲撃を開始し午後4時に至るまでに数回の突撃を行ったが敵の抵抗は頑強であり成功することができなかった。203高地西南部に向かった部隊は突撃を強行して午後7時増援部隊とともに山頂に向かい突入し遂にこれを占領した。203高地東北部に向かった部隊も突撃を実施し午後8時203高地全部を完全に占領した。

解説:11月30日夜になって203高地は遂に我が第3軍のものとなった。直ちにその占領の電報は、大本営に報告され、この新聞に見られるように大本営の公報として発表されている。しかし翌日12月1日午前2時ロシア軍の大逆襲により奪い返されてしまい、12月2日現在、203高地は再びロシア軍のものとなっていた。