明治30年11月30日(水曜日)

旅順の間接射撃 猛烈な我が海軍の間接射撃を見た

旅順の砲声 27日は未明より同夜12時頃まで砲声が絶えず聞こえていた

中村少将負傷 決死隊を率いた中村覚氏は猛烈に突進する際敵弾により負傷した

昨夜の最終公報 203高地に対する我が攻撃は次第に有利になりつつある 

旅順の間接射撃 29日門司特派員発電

25日営口(えいこう)発ナンヤン号が26日朝9時半頃旅順港の正面を通過の際、猛烈な我が海軍の間接射撃を見たそうである。

旅順の砲声 29日チーフ特派員発電

27日夜、ダルニー発ジャンクの談によれば27日は未明より同夜12時頃まで砲声が絶えず聞こえていたがその後は距離が遠ざかったため聞こえなくなった。

中村少将負傷

今回の旅順の敵砲台への突撃で、決死隊を率いた中村覚氏は戦況が進捗して猛烈に突進する際敵弾により負傷した。その負傷箇所は未だ不明であるが軽傷であることはその筋に電報で報告されているようだ。

解説:中村覚氏とは、11月28日の記事に見られるように史上有名な白襷隊の指揮官であった歩兵第2旅団長中村覚少将(後大将)である。「坂の上の雲」にはこの白襷隊は約1000名の部隊とあるが3千数百名で夜襲を行い、失敗しこの記事のように中村少将も負傷した。

昨夜の最終公報

203高地に対する我が攻撃は次第に有利になりつつある。肉薄接戦を経て我が兵が同地の主人公となった事もあったが敵の抵抗が未だ継続しており占領は確実となっていない。多分昨夜中には敵が絶望する状況になると思われる。

解説:乃木将軍の第3軍は、11月27日から203高地への攻撃を開始している。攻撃は第1師団が担当し、山頂の争奪戦が繰り返されたが28日夜ロシア軍の大逆襲により山頂を挽回された。30日となり総予備隊である第7師団を投入し、再び山頂の激しい争奪戦が繰り返されている。