明治37年11月29日(火曜日)

捕虜の名古屋送り 松山の捕虜の内健康な下士官兵2百名が名古屋の収容所に入る

捕虜新収容所 当市の捕虜収容所は西草深町の元葵ホテル(旧徳川邸)と決定

中央幼年学校行幸 優等生 石井 善七、同 山中峰太郎、同 山脇 正隆

捕虜の名古屋送り(大阪)

松山にある捕虜の内、健康な下士官兵2百名が今回新設された名古屋の収容所に入る事となり、昨日正午三津が浜発の汽船で当地に来て、本日11時30分湊町駅より関西線で送られた。

捕虜新収容所(静岡)

当市の捕虜収容所は西草深町の元葵ホテル(旧徳川邸)と決定し、現在修繕工事中である。工事完了しだい百余名の捕虜を収容する予定である。

解説:旧徳川邸を改修して捕虜収容所としており、昭和の捕虜の扱いとは雲泥の差がある。

中央幼年学校行幸

天皇陛下は昨日、中央幼年学校生徒卒業証書授与式に臨御され、校長は265名に卒業証書を授与し、侍従武官長より次の3名に時計1個づつを恩賜せられた。

 優等生 石井 善七、同 山中峰太郎、同 山脇 正隆

解説:山中峰太郎は、その後陸軍士官学校を中退したが「敵中横断300里」の作家として有名である。