明治37年11月24日(木曜日)

米国の日本人排斥 日本人労働者を排斥する事を満場一致で決議 

旅順公報 東鶏冠山北砲台前に敵兵が来襲してきたが直ちにこれを撃退した

二龍山を見る 我が最前線の散兵線が二龍山の殆ど絶頂で敵の外壕の直ぐ近くにある

米国の日本人排斥 23日上海経由ロンドン ルータース社発

米国労働組合大会が米国のサンフランシスコに於いて開かれ、合衆国及びその領有する諸島から日本人労働者を排斥する事を満場一致で決議し、議会に対して日本人排斥法案を通過させるよう請願した。

旅順公報 1122日夜半大本営着電

21日夜、東鶏冠山北砲台前にいる我が攻撃部隊に対して敵兵が来襲してきたが直ちにこれを撃退した。

22日午前零時30分頃我が海軍砲の砲撃により港内機器局付近に大火災が発生し午後930分に至るもなお延焼中である。

二龍山を見る 

我が最前線の散兵線が二龍山の殆ど絶頂で敵の外壕の直ぐ近くにあるが、そこで数時間前に杉山工兵大佐に会った。彼の隊が掘り進んだ坑道は15里を越えたと思われるが特に二龍山は満山ことごとく岩石で、これを穿って今日は5メートル、明日は10メートルと占領線を進めるのであるからその苦労が察しられる。敵とは3間ばかりしか離れていなくて旅順市街の一部が松樹山の背後を通じて鮮明に展開されている。

解説:奉天付近は対峙したままであるがここ旅順では激しい戦闘が行われていた。2日後の11月25日から総攻撃が始まるがここまで接近していても二龍山は簡単には占領できず、1228日になってやっと第9師団によって取ることができた。