明治37年11月8日(火曜日)

天長節の祝砲 各艦は午前11時より遥拝式を行い、21発の皇礼砲を発射した

閑院宮のご偉業 我が軍が苦戦を挽回したのは全く閑院宮殿下のご武勲であった

天長節の祝砲 7日佐世保特派員発電

戦地における天長節では、各艦は午前11時より遥拝式を行い、各艦が発射する21発の皇礼砲は攻囲軍の大口径砲の音と相応じて砲声いんいんと聞こえた。旅順市街は我が砲弾の為大火災を起こしつつありとの知らせがあり、士気大いに高まり万歳の声が天地にこだました。

 

閑院宮のご偉業

沙河大会戦において我が軍が大変な苦境に陥ろうとする状況にある時、閑院宮が指揮される騎兵の大集団を臥龍村(がんりゅうそん)方面より迂回させ、敵の左側背を圧迫し、更に某砲種4門を持つ僅か12名の小部隊を躍進させて敵の予備隊の左側面を急激し多大の損害を与えた為、敵は非常に混乱し壊走しその影響が戦線の敵軍全体に波及し皆狼狽して戦線を放棄した。即ち本渓湖方面において我が軍が苦戦を挽回して追撃態勢に移れたのは全く閑院宮殿下のご武勲であった。

解説:関連記事が本紙10月15日追撃大戦続報に書かれている。