明治37年10月19日(水曜日)

沙河大勝と世界、日本軍が全線にわたり攻勢を取ったのは従来未だ見た事がない戦法

山田混成部隊の苦戦について 退却する敵は倍する兵力で俄かに逆襲し、山田部隊を包囲

沙河大勝と世界 17日ロンドン特約通信員発電

今回の会戦における日本軍の勝利は、一般にその価値が大きいと認識されており、日本軍が単に防禦のみを行うという事がなく全線にわたりことごとく攻勢を取ったのは従来未だ見た事がない戦法であり軍事評論家が驚嘆している。

一般の認めるところでは、日本は敗北すればその国を失う恐れがあるため如何なる犠牲を払っても無理のないところであるが露国に至っては全く官僚の野心のために戦っているので、日本とは事情が異なる。

山田混成部隊の苦戦について

この日我が左翼軍が鉄道線路に沿い沙河右岸(さかうがん)にある敵の右翼を攻撃した際、山田混成部隊は迂回して左翼軍に対する援護運動をなし、敵を撃退してその任務を全うして、旧陣地に退却する事となり、ことさら夜に入って退却する最中、敵は倍する兵力で俄かに逆襲し、山田部隊を包囲し攻撃をした。

解説:第4軍の山田部隊は、第2軍の右翼と協力して沙河付近の敵に猛攻撃を加え、15日の夕方沙河河畔の万宝山を占領した。ところが引き続いて第2軍が進出できる状況ではなく、かえってロシア軍は万宝山付近に精鋭を送り込んできた。やむなく後退を命じたが既に遅く万宝山は三方から敵に囲まれてしまった。山田部隊は非常な損害をこうむって退却した。これがいわゆる万宝山の敗北である。(近代の戦争 人物往来社より)