明治37年10月4日(火曜日)

旅順漏信 軍艦には水兵は居なくて両舷にある大砲は殆ど要塞に引き揚げられている

露国御前会議 その議題は満州軍の総司令官を推挙する事であった

戦局の新勢 日本軍は塹壕を築いて防禦を第1にしている

旅順漏信 3日チーフ特派員発電

ジャンクの情報によれば、最近は激しい戦闘こそ行われていないが、29日は朝8時より午後2時まで猛烈な砲声が、30日は午後7時より翌1日午前8時まで途切れ途切れであるが砲声が聞こえた。

軍艦には水兵は居なくて艦首や艦尾の大口径砲はそのままであるが両舷にある大砲(やや小口径)は殆ど要塞に引き揚げられている。

 露国御前会議 

露国皇帝は9月27日御前会議を開いた。その議題は満州軍の総司令官を推挙する事であった。クロパトキン反対派は大公ニコライウイッチを推薦し、そしてクロパトキンを単に第1満州軍司令官と主張し、クロパトキン派は、クロパトキンを総司令官とし現第17軍団長ビルテルリングを第1満州軍司令官に任命すると主張した。皇帝は逡巡して決定出来なくて再度会議を開く事とされた。

解説:本紙9月29日、30日にこれに関連する第2満州軍を編成する記事がある。

戦局の新勢 3日ロンドン ルーター社発電

日露両軍共に暫く活発に戦闘をしないのは戦局の新しい傾向を示している。遼陽の戦闘は明らかに戦闘の第1段を終了し、日本軍は今や新戦略を採用する必要に迫られている。日本軍は今すぐにも東方から攻撃する旋回運動を計画しなければならないのに塹壕を築いて防禦を第1にしている。

解説:日本軍は露軍と戦闘開始以来連戦連勝であったが後方補給が追いつかないのが現実で、特に将校や軍事品の不足に悩まされていた。一方ロシア軍の兵力は9月下旬の増援部隊を含めると38個師団となり、これに対して日本軍は20個師団であり攻勢作戦を取るには無理があった。