明治37年9月22日(木曜日)

旅順攻略開始 9月19日再攻撃が開始された

英国通信員の言 黒木軍が敵軍を全滅させたならその勝利は更に華々しかった

戦後の遼陽 民心が平穏で婦女子も日々帰ってきている

旅順攻略開始 20日チーフ特派員発

主要な砲台の一つを占領しようとして旅順攻撃が朝から再開されたが一度では終わらない見込みである。

解説:第1回総攻撃が8月24日に失敗した後、塹壕を掘り進む方法が取られ、9月19日第1師団は203高地と水師営の陣地、第9師団は竜眼北方陣地に対し攻撃が開始された。

英国通信員の言

遼陽戦の後、日本の新聞でしきりに英国人の日本に対する感情がやや変化し、その原因は、通信員が日本に不公平な報道をしたためであると言う人が居るがそれは違う。

英国人は、黒木軍が敵の退路を十分断つことができなくてクロパトキンの軍を比較的簡単に退却させたが、黒木軍の進撃がさらに強力であり敵軍を全滅させたならその勝利は更に華々しかったと考えるからである。

解説:本紙9月5日遼陽の占領のコメントのとおり、弾薬を消耗し日本軍には敵の退路を断つだけの余力はもはや無かった。

戦後の遼陽 21日遼陽特派員発

遼陽では民心が平穏で婦女子も日々帰ってきており我が軍の保護の下で安心して仕事をしている。

昨今急に寒くなり、朝夕は内地の12月頃の気候に似ている。高粱畑もしだいに刈り取られ広々としてきている