明治37年9月15日(木曜日)

第20連隊の名誉 桂連隊長は遂に戦死し、その後任連隊長及び各大隊長も戦死した

東宮海軍省行啓 皇太子殿下は昨日午前10時20分海軍省に行啓された

レナ号サンフランシスコ着 露国仮想巡洋艦レナ号がサンフランシスコに到着した

第20連隊の名誉

今回の戦役出征の際、連隊長は歩兵大佐桂眞澄(かつらしんじょう)氏であったが、遼陽決戦の際、同連隊は正面攻撃部隊の一つとして敵の主力が居る鞍山站(あんざんたん)に向かって攻撃を開始した。しかし大変な苦戦に陥り、桂連隊長は遂に戦死し、その後任連隊長及び各大隊長もその後の戦闘で戦死し、ある中隊の如きは兵員が僅かに14~5名になってしまった。今回の大戦における損害第1の連隊で、壮烈な戦いを演じた連隊旗の名誉は実に空前絶後であろう。

解説:本紙9月1日遼陽大決戦及び8月6日敵の海城退去公報に鞍山站(あんざんたん)に関する記事がある。

東宮海軍省行啓

皇太子殿下は昨日午前10時20分海軍省に行啓され、大臣、軍令部長、次長及び大本営幕僚に拝謁を仰せ付けられ、大臣室において山下大佐が艦隊について、大澤中佐が10日の黄海海戦について、上泉中佐が旅順の陸上戦闘についてご進講し、正午お帰りになられた。

レナ号サンフランシスコ着(外務省着電)

9月11日サンフランシスコに到着した露国仮想巡洋艦レナ号は大砲23門、士官16名及び水兵488名が乗り組み、31日前にウラジオストックを出発してセント マリー及びマーシャル群島を経て到着したものと思われる。

解説:仮想巡洋艦とは商船に大砲を搭載した型で、この船は本紙8月16日に書かれている蔚山沖海戦の頃ウラジオを出港して南太平洋を航海したようである。サンフランシスコの日本領事が退去を求めている。