明治37年9月7日(水曜日)

遼陽戦勝の結果 華々しい遼陽の勝利は1904年の戦争における勝敗を決定付ける

日韓協約と進歩党 少なくとも外交、財政については主権の行使をわが国に一任

上海外人の義挙 上海在住の外国人諸氏が中立義捐金募集会を組織した

遼陽戦勝の結果 5日ロンドン特約通信員発

日本軍は、この作戦では当初予定した大きな獲物の全てを取る事は無かったが、華々しい遼陽の勝利は1904年の戦争における勝敗を決定付けるものとして一般的に認められている。また露都からの報道を見ると全てが遼陽の勝敗がロシア人の眼をはっきりと覚まさせたと述べている。

日韓協約と進歩党

進歩党の大石正巳氏は今回の日韓議定書について、そもそも一国が完全に保護国の責任を果たそうとすれば被保護国の主権を全て移すか少なくとも外交、財政については主権の行使をわが国に一任させねばならない。しかるに今回、顧問の意見を聞き施工するとあるがお互いに意見の一致をしない場合、採用するもしないも相手の自由であり、顧問の価値はなくなると述べた。

上海外人の義挙

上海在住の外国人諸氏が中立義捐金募集会を組織した。会長は大北電信会社支店長アイベルナ氏で既に1万2千400円を募金し、それを二分して半分をロシアに半分を日本の軍人遺族救護会に送り、それを分配するよう依頼してきた。

解説:本紙9月4日に関連記事があるが大北電信会社とは、デンマークのグレート・ノーザン電信会社という会社で、明治維新の7年前、1861年からすでにシベリア横断電信線の建設を始めており、10年後の1871年にはウラジオストックに達していた。そして明治4年に長崎・上海間、引き続き長崎・ウラジオストックを結ぶ海底電線を敷設した。