明治37年9月2日(金曜日)

遼陽対戦 左翼軍の主力は30日払暁より攻撃を開始し

遼陽大勝後聞 遼陽の敵は昨1日午前8時戦闘線内の全兵力を挙げて総退却を始め

海軍進級 任海軍中佐 秋山 眞之

遼陽対戦 91日大本営

左翼軍の主力は30日払暁より攻撃を開始し、午前11時頃に至り、首山堡(しゅざんほ)西方高地に居る敵に向かい攻撃を開始した。この方面の敵は盛んに機関砲を以って射撃し軍はその全力を挙げてこれを攻撃したが、成果を上げることが出来ず午後4時半となった。ここで軍は予備の1兵団をその左翼に増加した。

各方面の敵の陣地は堅固に構成されており、その副防御は容易に我が歩兵の接近を許さず、午後7時過ぎになっても尚攻撃を継続した。左翼軍の一部は首山堡(しゅざんほ)南方高地の敵に向かって夜襲を行う等、彼我激烈な戦闘を交えつつ31日朝になっても尚引き続き激戦が行われ、未だ戦機の発展を見るに到っていない。

遼陽大勝後聞

遼陽の敵は昨1日午前8時戦闘線内の全兵力を挙げて総退却を始め、我が軍は全力を以って総追撃に移っていると思われる。

解説:91日第1軍(黒木大将)が敵の退路を断つ構えに出た為、クロパトキンは全軍の配置を変更し、首山堡(しゅざんほ)の堅陣を捨て後方の堡塁陣に移し、戦線を縮小すると同時に一部兵力を第1軍に向かわせた。第2軍と第4軍は、退却したロシア軍を追って堡塁陣を猛烈に攻めたてた。(参考文献 近代の戦争 人物往来社)

海軍進級91日)

任海軍少将 海軍大佐 加藤友三郎

任海軍中佐 海軍少佐 秋山 眞之