明治37年8月22日(月曜日)

ノーウイック撃沈 ノーウイックは浅瀬に乗り上げ半ば沈没するにいたる

戦場だより 4日目の今日,携行の糧食は食い尽くした

ノーウイック撃沈  高木千歳艦長報告 8月21日午後2時53分大本営着電

千歳、対馬は昨20日午後及び今21日午前に樺太コルサコフ港に於いて敵艦ノーウイックを砲撃し大損害を与え、ノーウイックは浅瀬に乗り上げ半ば沈没するにいたる。対馬は石炭庫を撃たれたが応急修理を加え戦闘航海に差し支えなくその他我に1名の死傷者無し。

解説:ノーウイック艦長は旅順艦隊の中で積極性に富む優れた艦長で、8月10日の黄海の海戦以後ノーウイックは、11日夕方膠州湾(中国山東半島)に入り12日早朝出港、我が監視を破って東支那海を横切り13日午前に大隈半島沖(鹿児島南端)に現れ、太平洋に廻って、18日択捉島で目撃され以後行方が解らなくなっていた。最後は浅瀬に乗り上げ乗員は退去した。

戦場だより ある兵士の便りより

夜半の進軍:午後8時、突然26日午前1時50分集合して攻撃を開始するとの命令に接し、てんでに米を磨ぎ、飯を炊く始末で、それが出来れば握り飯を作り、焼いて携帯食糧とする。その混雑振りは面白い位です。ひと寝入りしようとしても喧しくて眠れません。その内集合時間となる。

4日過ぎの食糧:集合地を出発してから4日目の今日,携行の糧食は食い尽くした。ロシア軍が残したメリケン粉を発見してこれをスイトンにして1個中隊で食し、飢えをしのいだ。

荒料理:その時非常に空腹を感じていたのでロシア騎兵が馬とともに戦死しているのを見つけロシアの赤なべを奪って馬の腿をナイフで切取り、畑でねぎを調達し荒料理をなべに一杯作り食い始めると空腹連中が来てたちまち食い尽くした。