明治37年8月19日(金曜日)

敵降参せず 今朝敵の軍使が来て昨日の回答を渡した

リューリックの捕虜 リューリック乗員の捕虜となった者の総計は613人

十日海戦死傷者 今日までに報告されたものの総数は、非常に多く227名

東京朝日新聞定価(前金)1ヶ月37銭

敵降参せず 8月17日午後第本営着電 包囲軍司令官報告

今朝敵の軍使が来て昨日の回答を渡した。

聖旨による非戦闘員を避難させる件は拒絶し、本職が送った降伏に対してもまた同じである。

解説:昨日8月18日の記事にあるとおり日本軍から軍使を送ったがこれに対する返答である。満州軍司令部では8月一杯で旅順は陥落する見積もりであったがこの見積もりは甘く年を越す激戦となった。

リューリックの捕虜

リューリック乗員の捕虜となった者の総計は613人であり、その内訳は士官16人内1名負傷、僧侶1人、准士官4人内3人負傷、下士官67人内16人負傷、兵525人内150人負傷

解説:8月16日の新聞にあるとおり上村艦隊はウラジオ艦隊のリューリックを撃沈し、約600名の敵兵を救助した。その捕虜の内訳である。

十日海戦死傷者

去る10日旅順沖の海戦(黄海の海戦)の死傷者で今日までに報告されたものの総数は、非常に多く227名であった。その内即死69名、負傷による死亡1名、重軽傷者で入院した者66名であった。他の91名は大抵が軽い傷で勤務に支障なく現在既に完治している者が多い。

東京朝日新聞定価(前金)

1ヶ月37銭、3ヶ月1円6銭、6ヶ月2円七銭

解説:現在の新聞代から推定すると当時の1銭は大体100円位である。