明治37年8月13日(土曜日)

旅順海戦詳報 午後1時より日没過ぎまで激戦し敵に多大の損害を与えた

旅順海戦詳報 東郷連合艦隊司令長官報告 8月12日午前9時10分着電

連合艦隊は一昨日10日敵艦隊が旅順口を脱出して南下しようとするのを、遇岩付近にて激撃し、次いでこれを東方に追撃し午後1時より日没過ぎまで激戦し敵に多大の損害を与えた。この戦闘の後期に於いて敵の砲火は大いに衰え陣形はまったく潰乱し、各艦は個々に分裂し「アスコリド」「ノーウイツク」、駆逐艦数隻は南方に遁航し、その他の諸艦は各自旅順口に向かい、我が駆逐隊や水雷艇隊に追尾襲撃され更に少なからざる損害を受けたと思われる。これらの襲撃結果については未だ詳細な報告は届いていない。

我が艦隊の諸艦には大きな損害も無く今後の戦闘に支障なし。死傷は全隊を通じて将校以下170名である。

解説:秋山真之が起案したと思われる黄海海戦の正式な報告である。長官報告の新聞報道は実際の海戦の3日後に報道されている。また現在の海上自衛隊の報告書では見られない、激撃(激しい攻撃)、潰乱(乱れてしまった状態)、遁航(遁走)が使われている。なお()内は推定である。