明治37年8月8日(月曜日)

旅順港外の海戦 敵の駆逐艦14隻が我を包囲する

戦時の軍艦生活 時に新鮮な刺身や洗いが食卓を飾っている

旅順港外の海戦  東郷連合艦隊司令長官報告8月6日午後10時10分大本営着電

 昨5日午後4時ごろ、我が駆逐艦は敵情偵察のため旅順口港外に行った時、敵の駆逐艦14隻が急に我に向かって突っ込んで来て、着弾距離に入る頃我を包囲するように北側から3隻、7隻、4隻のグループに分かれた。我が2艦は、午後4時40分5,000メートルの距離にて敵と猛烈な砲火を交換しつつ針路を北に取り敵の3隻の針路を遮る様にしたところ、敵は直ちに艦首を転じて湾口に逃走する。午後5時ごろ味方の駆逐艦1隻加わり3隻でこれを追撃しつつ、南方に向い、残り11隻に近づいたが、これも又湾口に向かったため戦闘を中止した。

戦時の軍艦生活 軍艦に乗組み中の軍医長が報告した文書より

日清戦争時と違って日常の供給は満足のいく状態であり、軍艦においても酒保(売店)の設備がある。食料でもおおよそ2/3は生糧品(生の野菜や魚肉類)を食べることが出来、牛肉に至っては生牛のまま輸送して、日々の必要な量を屠殺するシステムとなっている。又70~80名の戦地漁船団が当地において艦船に魚を供給し、時に新鮮な刺身や洗いが食卓を飾っている。其の他にも洋服屋や洗濯屋がおり実に結構な世界である。

解説:陸軍は、港と戦場との間の道路事情が悪く交通機関も無い為現地の車馬をできるだけ多く集めて輸送したが補給問題には常に悩まされていた。其の点海軍は違っていたようである