明治37年7月28日(木曜日)

ウラジオ艦隊の彷徨 27日午前2時ごろには東京湾60海里内外に居るようである

日米貿易の障害 横浜では、外国銀行が米国との荷為替取引を中止した

横浜停泊のチリー軍艦 30人の士官候補生を乗せて今横浜に停泊している

上半期の銀行の成績 上半期の決算を見るとほとんど何ら戦争の影響を受けていない

ウラジオ艦隊の彷徨

海軍当局者の判断によれば同艦隊は昨26日夕刻までは遠州灘付近に居たようであるが昨27日午前2時ごろには東京湾60海里内外に居るようである。

日米貿易の障害

横浜では、外国銀行が米国との荷為替取引を中止したため、米国小麦は5銭も高騰し、なお戦時保険が必要となった。昨日阿部商店がシャトルにある取引先に問い合わせると100円につき5円の保険料を払う必要があるとの事であった。

解説:ウラジオ艦隊のため貿易が困難となっている。

横浜停泊のチリー軍艦

チリーの練習艦ゼネラル、パキダノ号は艦長ルイズ、ゴメブ大佐の下に12人の将校30人の士官候補生を乗せて今横浜に停泊している。ガンダラ大尉の談によると、この練習艦は遠洋練習航海のため士官候補生を乗せて昨年本国を出港した。途中日露開戦の報に接し、両大国の実戦を見る千載一隅の好機であるので5月27日威海衛に到着したが何らの戦いも見ることが出来なかった。その為観戦を諦めチーフ、ターター、仁川、長崎、神戸を経て当港に入港した。8月15日横浜を出港し米国を経てチリー本国に帰るのは恐らく来年1月頃になるであろう。日本は前年チリー海軍のエスメラルダ号(今の和泉艦)を購入した関係等より因縁浅からないものがあり、日本に対し何となく懐かしい気がしている。

解説:この和泉艦とは、バルチック艦隊を最初に発見した信濃丸が発信した「敵艦203地点に見ゆ」の電報を受信し、以後バルチック艦隊と接触を保ち、その行動を連合艦隊に報告し続け、日本海海戦に貢献した巡洋艦和泉である。

上半期の銀行の成績

諸銀行の上半期の決算を見るとほとんど何ら戦争の影響を受けていない。銀行は一般商工業の鏡であることを考えると、一般商工業がほとんど戦争の影響を受けていないと考えられる。

本年上半期に於ける金融は、概ね前期と大差がない。預金金利は前期と同様であるが貸出金利はやや上向きであり、これは万事に神経の過敏である銀行家の常として前途を警戒し大事を取っている為である。

日清戦争の際にわが国経済界は10ヶ月に8千万円の公債に応じたが、少しも戦争の影響を受けず、却って戦後非常に活気を帯びている。それから10年我が経済界は急激の進歩を遂げ、何れの統計を見るに、我が富力は少なくとも5倍以上の実力を持つ様になっている。その為今回の戦争においては10ヶ月に8千万円の5倍、即ち4億円を内地で募集しても経済界が少しも影響を受けない道理である。

解説:日露戦争に於ける臨時軍事費は17.2億円で内陸軍12.8億円、海軍2.3億円、各省2.2億円であった。この内8億円は外債で賄われた。(日本の戦争 原書房より)