明治37年7月22日(金曜日)

英国の対露抗議 英国は露国に対し抗議すると共に英国海軍は警戒を強化している

英国新聞の憤慨 英国の新聞は、マラッカ号に対する露国の振舞いに憤慨している

英将官の激語 余は露国の仮想巡洋艦を海賊船と見做す

旅順方面 目下日本軍は旅順付近の要地を確保し、砲撃の準備中

英国の対露抗議 20日ロンドン特約通信員発

露国義勇艦隊が紅海に於いて英船を拿捕した結果、英国は露国に対し抗議すると共に英国海軍は警戒を強化している。

一般世論は露国が条約(ダータネルス海峡軍艦通航禁止の条約)を破って日本に被害を与えることを許してはならないと主張している。

露国の目的は、わざと国際間の紛争を起こし、極東に於いて敗北した不面目を拭うためと思われる。

英国新聞の憤慨 21日ロンドン ルーター社発

英国の新聞は、マラッカ号に対する露国の振舞いに憤慨し、政府に向かって直ちにこの件の処置を要求し、又英国は日本の同盟国として露国がダータネルス海峡の中立を破り日本に被害を与えていることを座視してはならないと宣言している。

英将官の激語 20日ベルリン特約通信員発

英国海軍大将フリーマントルは、若し余が地中海艦隊を指揮しているのであれば余は露国の仮想巡洋艦を海賊船と見做すと述べた。

旅順方面 20日チーフ特派員発電

目下日本軍は旅順付近の要地を確保し、砲撃の準備中であり、未だ大挙して進撃する状況になっていない。但し日々小さな戦闘は行われており多くは露軍の攻撃で起きている。 12日頃旅順から約10kmの付近で激戦があり日本の死傷者350人であった。また昨日は海陸共に砲声が聞かれた。

解説:7月12日大本営は海軍側の強い要請により一日でも早く旅順を攻略することに決定し、満州軍司令官大山元帥は連合艦隊の根拠地長山で東郷連合艦隊司令長官と会談した。

7月14日大山元帥は乃木第3軍司令官を呼び次の旅順攻撃の作戦計画が決まった。

 7月25日~30日  前進陣地占領

 8月18日 砲兵援護陣地占領

 8月21日 本要塞への攻撃開始

 8月末日攻撃完了

実際には37年中は陥落せず多大の犠牲を払うこととなった。(人物往来社 日露戦争より)