明治37年7月12日(火曜日)

9日の旅順口海戦 敵は港口を出て、少し東航し約6哩の竜王塘付近に進出した

車夫の賃金及び車夫希望者の増加 大工、左官等が、仕事がないため車夫となって

9日の旅順口海戦

9日午前7時頃、敵は戦艦ポルターワ外4隻の巡洋艦、2隻の砲艦、7隻の駆逐艦を以って艦列を整え、多数の掃海艦艇を先頭とし掃海しつつ港口を出て、少し東航し約6哩の竜王塘付近に進出した。その目的とする所は多分竜王塘付近の上陸軍を砲撃し我が海陸軍の行動を妨害するためと思われる。

我が駆逐隊の一部は敵の掃海を妨害する為にしばしこれと砲戦し、第3艦隊の一部は小平島付近竜王塘においてこれと対応し、午後2時頃に到って敵艦バヤーンと多少の砲火を交えたが午後4時頃に至り敵は順次港内に退却した。

解説7月11日付け東郷連合艦隊司令長官から伊東海軍軍令部長宛の書簡によると「日本海軍の艦船、兵員ともようやく疲れはじめ、ことに駆逐艦や水雷艇は、今後1ヶ月以上も勤務をつづけると修理を必要とするもの続出することになる。旅順艦隊に対してだけでもバランスが崩れかけているのである。」と苦しい実情を述べている。(人物往来社近代の戦争より)

車夫の賃金及び車夫希望者の増加

電車開通前の人力車車夫は1日50銭の収入を得ることが容易であったが、今は15、6銭を得るのも容易ではないという。この為車夫の数をこれ以上増やさないため下谷署ては車夫の資格調査を厳格にしたにも拘らず尚新規出願する者が多い。これは一見奇異に見えるが実際は大工、左官等が、本年1月以来仕事がないため、以前と比較すると収入が非常に減少していることを知りながらも車夫となって多少の収入でも得たいが為である。