明治37年7月11日(月曜日)

海戦以来7月9日に至る主要戦闘における海軍の死傷数 合計1180

 

海戦以来7月9日に至る主要戦闘における海軍の死傷数

月 日    項目      死傷総数   死者   行方不明    負傷

2月24日  第1回閉塞隊     5    1            4

3月10日  駆逐艦戦闘     23    8           14

3月27日  第2回閉塞隊    15    4           11

5月3日   第3回閉塞隊   117    8     86    23

5月15日  吉野沈没     323   323

5月15日  初瀬沈没     597   494          102

5月30日以降 

7月9日まで 旅順口封鎖    100    59     7     41

解説:この死傷者数が物語っている事は、この頃日本の連合艦隊は、多大の犠牲を払ってでも何とかして旅順の太平洋艦隊を封鎖し、撃滅しようと全力を傾けていた事である。

 このホームページに於ける明治37年6月28日の記事に列国海軍の艦隊比較があるがロシア海軍は世界第3位で戦艦の隻数21隻で9隻建造中に対し日本は7隻で2隻建造中に過ぎなかった。そしてロシア太平洋艦隊と連合艦隊がほぼ同等の戦力であるため、なんとかしてバルチック艦隊や黒海艦隊が極東に回航する以前に太平洋艦隊を撃滅する必要があった。