明治37年7月2日(土曜日)

チベット遠征隊戦報 チベット人の保塁を占領するため攻撃を開始し、激戦となった

水論の竹槍蓆旗 旱魃のため、結城郡の方では、絹村へ通じている水門を閉じてしまった

露国の対佛要求 バルチック艦隊が東航する途上で、石炭の供給を得ることを申し入れた

敵方の旅順情報 旅順の石炭は8ヶ月間支えることができるが、但し衣類は欠乏している

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チベット遠征隊戦報 一日ロンドン路通社発

チベット遠征隊司令官マクドナルド将軍は628日チベット人の保塁を占領するため攻撃を開始し、激戦となった。チベット人の損害は大きかったが英軍でもクラスター大尉が戦死し、2名の士官及び五人のセボイ兵が負傷した。

水論の竹槍蓆旗(宇都宮)

下都賀郡絹村と茨城県結城郡とは共に鬼怒川を利用して田植えをしているが、昨年からの旱魃のため水不足となったので、結城郡の方では、絹村へ通じている水門を閉じてしまった。そのため絹村ではこれを開けようとし、一方はこれを防ごうと双方百数名の者が竹槍や鉄砲を携えて水源地に集まり、形勢が切迫している。下都賀郡長は結城郡役所へ急いで向かった。

露国の対佛要求 30日ロンドン特約通信員発電

露国は佛国に、バルチック艦隊が東航する途上で同国の領地にある港湾に於て石炭の供給を得ることを申し入れたとの情報がある。

敵方の旅順情報 1日上海特派員発電

上海マーキュリー新聞に次の様な記事があった。露人の談話によれば、旅順には陸兵4万人、海兵1万人、市民4千人が居て、市民も日々訓練を受けている。旅順の石炭は8ヶ月間支えることができるが、但し衣類は欠乏している。旅順の背後にある狼山の戦闘で露国の26連隊は殆ど全滅した。日本人は鬼神のように働き、殆ど無頓着に砲塁を攻撃した。そして露兵が退却した以上は次の防禦位置は旅順の直ぐ近くになるであろうと。

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