明治37年7月1日(金曜日)

浦潮艦隊 露国の水雷艇五隻が元山港に突入し、六時から日本居留地を砲撃した

日本海軍万歳 ニューヨーク市において、米国亜細亜協会の晩餐会が開かれた

至誠敵を動かす 日本軍の病院に於いて、負傷した露兵に対する待遇が良好なことに原因

浦潮艦隊 三十日京城特派員発電

本日午前5時半、露国の水雷艇五隻が元山港に突入し、沖合には三隻の敵艦がいた。六時から日本居留地を砲撃し、元山と京城間の電信が不通となっている。

又元山守備隊の報告によると、今朝敵艦三隻、水雷艇若干が元山沖に現れ、その内の水雷艇四隻が元山港内に侵入し、同港内にいた小蒸気一隻を撃沈し、帆前船一隻を焼き、午前六時頃から約30分間居留地を砲撃し、直後に港外に退去した。敵の発射した弾丸は約180発であり、居留地に多少の損害を与えた。

日本海軍万歳 

61日ニューヨーク市において、清国の傳倫貝子を迎えて、米国亜細亜協会の晩餐会が開かれた。主客ともども日本海軍の成功を祝す声が非常に多く、そのため祝杯を挙た時は歓呼の声が会場を動かすばかりであった。当夜の主人役であるジョン、フールド氏は先ず立って、私は厳正中立を守るべきことを知っているが、それでも尚日本海軍の為に一言云わせていただきたい。諸君と共に同国海軍の為に祝杯を挙げよう。

至誠敵を動かす

 遼陽発の半官電報によればクロパトキンは諸軍に次の命令をした。日本兵の戦死者及び捕虜を遇する場合には、勇敢な敵に対する敬意を以て遇し、その負傷兵を看護する場合には、露兵を看護すると同じ様に看護せよ。そして本電の付言する所によればこれは疑いもなく、日本軍の病院に於いて、負傷した露兵に対する待遇が良好な事に原因がある、とピータースブルグ発の電報に書かれていた。