明治37年6月27日(月曜日)

北韓敵情 豆満江川に架橋する為めに露領ズイカンから来たのではないか

鴨緑江合戦 日本の勝利がその作戦上の価値や士気に及ぼす影響は嘆賞するに余りある

海軍田を作る 功七級金鵄勲章年金百円の下賜があった

露国海軍機関新聞 我は日本の艦を全滅させるか又は悉く拿捕するか

北韓敵情

露兵が駐屯しているのは鏡城以北では慶興であり、兵員数は一定でないが8百ないし千人になることもある。この兵は豆満江川に架橋する為めに露領ズイカンから来たのではないかと言われている。便宜を与えない地方では相変わらず家屋を焼き、婦女子を辱しめる等乱暴を極めている。露兵は何れも非常に糧秣に欠乏している。

鴨緑江合戦 ベルリン通信

獨逸参謀本部某氏の語るところによると、鴨緑江を保持することは露国の軍略にはないが、日本の勝利がその作戦上の価値及びその士気に及ぼす影響は嘆賞するに余りある。

三十六門の砲を敵の手に渡した露国の損失は容易にこれを回復することはできない。且またあの様に易々と安東懸を退却したことは結局退却が潰走であることを証するものである。黒木将軍は軍略上常に敵軍を圧倒し、今や日本軍は鴨緑江の下流域を占領するまでになった。

海軍田を作る 

第2回閉塞作戦で戦死した海軍1等機関兵小池幸三郎氏(埼玉県北足立郡川口町)に対し功七級金鵄勲章年金百円の下賜があり、又海軍大臣から金五百円を贈られた件で同町有志はその保存方法を考えて、字新屋敷の田地を買って海軍田と称して永久に小池家の記念財産とすることを定めた。

露国海軍機関新聞 クロンスタット港発刊

東郷艦隊が無事で安泰でいられるのは必ずしも長い間ではないであろう。クロンスタット軍港より我が新生艦隊が太平洋上に進航した日には、東郷艦隊は必ずや全艦を率いて我が艦隊に対して攻撃を試みるに違いない。そして旅順艦隊もまた東郷将軍の背後に突進し威嚇するのは無論である。我が露国海軍が日本と雌雄を黄海に争う場合には、決して途中で休戦してはならない。我は日本の艦を全滅させるか又は悉く拿捕するか二者の内どちらかを選ばなければならない。新生艦隊と旅順及びウラジオの両艦隊がの合同する様な事は、まことに易しいことである。